皆さん、こんにちは!「子ども未来教育研究所」miraiTです。
函館歴史探訪第二弾は、「垣ノ島&大船遺跡攻略ワザ」です。
今回は、2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」として世界遺産に登録された「世界遺産第二弾」でもあります。
世界遺産 第一弾はこちらです。「青森・三内丸山遺跡攻略ワザ」
基礎編
世界遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」は、「北海道、青森県、岩手県、秋田県」の4道県にまたがっている17遺跡が対象です。
そのうち、北海道には6遺跡があり、うち2つが函館市にあります。
垣ノ島遺跡と大船遺跡、どちらも函館市の北部にあり、2つの位置関係は車で5分程度です。
また、垣ノ島遺跡には、「函館市縄文文化交流センター」が併設され、そこには北海道最初の国宝に指定された「中空土偶」が常設展示されています。
では、攻略ワザ3つとおまけワザ1つを順に見ていきましょう。
ポイント
1 垣ノ島遺跡のここがすごい!
2 併設・縄文文化交流センターのここがすごい!
3 大船遺跡のここがすごい!
おまけワザ 遺跡到達への道(海コースと山コース、あなたはどっち?)
さっそく、函館市の縄文時代へタイムスリップ!!
1 垣ノ島遺跡のここがすごい!
垣ノ島遺跡は、1万年以上も続く縄文時代の中でも初期の時代に分類される遺跡です。
(世界遺産17遺跡中2番目に古いものと位置付けられています)
縄文文化センター横の垣ノ島遺跡の入口を抜けると、太平洋に面した緩やかな丘陵が見えてきます。
そこには、三内丸山遺跡やこの後登場する大船遺跡のような復元された住居等は見当たりません。
しかし、一番のみどころは、国内最大級といわれる盛り土遺構。
3列の長い土堤をコの字型に配置したものです。
ここには、多数の土器や石器などが捨てられ、「モノ」の魂を送る祭祀や儀礼のための場所だったと考えられています。
そして、それらの土器や石器が隣の縄文文化交流センターに展示されています。
私たちの祖先ともいうべき人々が何を考え、どんな想いで土器や石器をこの場に捨てていたのか?
そんなことを想像するのが「考古学」の一歩なのかもしれません。
2 併設・縄文文化交流センターのここがすごい!
1975(昭和50)年、農作業をしていた主婦によって偶然発見された「中空土偶」。
北海道では最初の国宝として2007年に指定され、ここに常設展示されています。
「垣ノ島遺跡」や「大船遺跡」の土器や石器、そしてこの「中空土偶」からもわかるように、縄文人は高度な技術と芸術性をもった人々であることを垣間見ることができます。
3 大船遺跡のここがすごい!
縄文文化センターから北へ車で5分で大船遺跡です。
垣ノ島遺跡が縄文時代早期からに対して、ここ大船遺跡は中期の遺跡といわれていて、三内丸山遺跡とほぼ同年代と考えられています。
ここも垣ノ島遺跡と同じように海を見渡す小高い丘の上にあります。
いくつかの住居群が復元されていますが、ここには100以上の建物群が確認されています。
杭で囲まれた円は住居跡で、それが重なり合っています。
時期の異なる住居が重なり合っていることから、長期間にわたっての定住を示唆しています。
ここには、小さな「管理棟」があり、大船遺跡の発掘の歴史を知ることができます。
管理棟内にある吉永小百合さんのポスターがとても印象的でした。
おまけワザ 遺跡到達への道(海コースと山コース、あなたはどっち?)
これらの遺跡のある函館市南茅部地区は、「平成の大合併」で2004年に函館市となった地域です。
ですから、函館市中心地からは少し距離があります。
もちろん、バスで行くことも可能ですが、時間効率を考えるとやはりマイカーやレンタカーを使うことをおすすめします。
函館湯川温泉街、函館空港近辺から、縄文文化交流センターへは、二つのルートがあります。
一つは海コース、そしてもう一つが山コースです。
海コースは所要時間1時間弱、山コースは30分強です。
時間効率的には、山コースですが、函館を知るという意味においては、海コースもおすすめです。
津軽海峡を挟んで向こうに見えるのが、青森県下北半島です。
その距離、17,5㎞。
縄文人はこの津軽海峡を丸木舟で行き来していたといわれています。
海コースの山側には、旧戸井線という遺構を見る事ができます。
昭和の初めに、五稜郭駅からこの地の戸井まで一度も列車が走ることのなかった幻の鉄道「戸井線」の跡です。
トンネルやアーチ橋等、たくさんの遺構を見る事ができます。
海コースには、道の駅も存在します。
「なとわ」とは、この地の方言で「あなたとわたし」
「えさん」は、この地の町名で恵山。
では、山コースにはどんなみどころがあるでしょうか?
有名な温泉、「川汲(かっくみ)温泉」が山コースにはあります。
箱館戦争時、北海道に上陸した土方歳三軍がこの温泉で戦争の傷と疲れを癒し、翌日五稜郭に向かったといわれています。
時間に余裕のある方は、行きと帰り、違うコースを選択するのがベストと考えます。
まとめ
私たちが歴史を語る時、その多くが紫式部とか、徳川家康とか、源頼朝とか、人物を追いかけてしまいがちです。
もちろん、それはそれで大切な学びです。
しかし、私たちの日々の営みは「海の幸」や「山の幸」に感謝しながら日常を繰り返すものです。
それが、縄文時代から脈々と続く「普通の人々」の歴史なのです。
そうした「名もなき普通の人々」の中にある「すべての命を尊ぶ心」や「融和的な社会」こそが、現代に生きる私たちに大切なこととして、問いかけているように思います。
「子ども未来教育研究所」は、この「すべての命を尊ぶ心」や「融和的な社会」をめざして未来を創造していきたいと考えています。