皆さん、こんにちは!「子ども未来教育研究所」miraiTです。
全国歴史探訪第二弾は、青森県弘前市です。
ここ弘前は、私の大好きな街のひとつであり、また「子ども未来教育研究所」の歴史探訪にふさわしい場所なのです。
そんな弘前の攻略ワザ3選とおまけ2選を紹介していきます。
では、「弘前市」の攻略ワザを3つのポイントから見ていきたいと思います。
ポイント
1 弘前城 動く
2 まさに「歴史ここにあり」禅林街
3 歴史的建造物の数々
それでは、さっそく弘前の歴史をひも解いてみましょう。
1 弘前城 動く
日本一の桜の名所と言われる弘前城。
ご存じの方も多いと思いますが、弘前城本丸の石垣が外に膨らむ「はらみ」といわれる現象が見られることから、その修復作業が現在行われています。
そんな弘前城の今を紹介します。
修学旅行生など、多くの観光客は、東門からの入場が一般的です。
今回は、あえて人通りのあまり多くない追手門から入場してみました。
道なりに進むと、南内門が見えてきます。
南内門をくぐり、弘前城情報館の前を過ぎると、いよいよ弘前城天守が見えてきました。
本来の天守は、修復中の石垣の上にありました。
しかしながら、その石垣に「はらみ」が見つかったことから、奥の位置(およそ70m)まで移動したというわけです。
そして、これが石垣の上にない現在の天守です。
弘前城は、1600年代、いわゆる戦国時代から江戸時代に移り替わる歴史の転換期に、この地を治める津軽一族によって築城されたものです。
400年の時を経て2014年に始まった工事も、すでに10年が経過し、天守が元の石垣の上に戻るのは、来年とも再来年ともいわれています。
弘前城にとっても、石垣の上に戻ることこそが新しい歴史のスタートといえるのかもしれません。
その時は、ぜひこの目に焼き付け、またこのサイトもアップしていきたいと考えています。
2 まさに「歴史ここにあり」禅林街
弘前を語る上で欠かすことができないのが、弘前城とここ「禅林街」です。
弘前城の南西(風水でいう裏鬼門の方角)の砦として津軽一体の曹洞宗だけを集め、街にしたことが始まりと言われています。
禅林街入り口にあたるのがこの黒門です。
とはいえ、この門はじつは禅林街の最深部の「長勝寺」の総門(表門)にあたるものです。
この門をくぐると、一直線の並木道が続き、33の寺が600mに渡って連なっていきます。
一番奥に見えるのが長勝寺です。
長勝寺は津軽家の墓がある菩提寺で、津軽家の歴史を知る上で欠かすことのできない存在です。
さて、皆さんは長勝寺のミイラの存在をご存じでしょうか?
1954年に地下7mから発見されたミイラは、その後1995年に火葬されるまでおよそ40年に渡り、長勝寺内で公開されていました。
実は私は今から数十年前、小学校の修学旅行で長勝寺のミイラを見学しています。
しかし、今でも忘れはしません。
小学生にとって「ミイラ見学」は決して貴重な体験ではなく、怖い体験としての思い出しか残らないことを!
3 歴史的建造物の数々
弘前が歴史探訪にふさわしい場所と言われる所以の一つがこの歴史的建造物の数々です。
これらの建造物はすべて弘前公園の周辺で見ることができます。
なおかつミニチュア建造物が、歴史を一層身近に感じさせるひとつなのかもしれません。
おまけワザ2選
一つ目のおまけ、大好きな城下町、弘前。
城下町故の道路の狭さと複雑さです。
整列されていない道路は、初心者には少し分かりにくいのも事実です。
今回、私たち「子ども未来教育研究所」は、新青森駅で新幹線を下車し、そこからレンタカーで弘前に向かいました。
ナビを使い「弘前公園」には無事到着しましたが、そこから「禅林街」へはナビを使ってもなかなか到着できず、同じ場所をぐるぐる。
気が付けば、「あれ!ここさっきも通った?」
しかし、これが弘前の良さの一つでもあり、城下町を感じさせる街であることを実感させてくれます。
歴史を感じさせる街並と安全運転を思い起こさせる、それが「弘前」の味なのです。
二つ目のおまけ、それはアップルパイのふるさとです。
今やアップルパイは、日本全国どこでも食べることのできるもの。
しかし、りんご生産量日本一の弘前のアップルパイは、ちょっと別物。
今回、私たち「子ども未来教育研究所」では、いくつかのアップルパイを食べることができました。
その中でも、圧倒的にコスパ最強(もちろん味も申し分なし)だったのが、ここ藤田記念庭園内にある「大正浪漫喫茶室」のアップルパイセットです。
まだまだ私たちの知らないアップルパイが弘前には存在するはずです。
次はもっと最強なアップルパイを見つけたいと思っています。
まとめ
弘前は、街そのものが歴史的遺産です。
自然豊かな街の中に、弘前公園を中心に様々な歴史遺産が点在しています。
戦国時代から江戸時代、そして明治、大正から現代への変遷が、まるで歴史絵巻のように思える魅力的な街なのです。
弘前城がもとの場所に戻る時、その報告ができる日を楽しみにしてほしいと思っています。